2025年に新設された「新事業進出補助金」。この制度は、中小企業が既存の枠を超えて新しい市場や高付加価値分野に挑戦することを支援するために作られた補助金です。
事業再構築補助金の後継として位置づけられ、多くの企業が注目しています。
しかし、この補助金を語る上で避けて通れないのが「賃上げ要件」です。
応募時の審査において加点要素として重視され、さらに採択後にも応募時に掲げた達成できなければ「補助金返還」というリスクが待ち構えており、経営者にとって非常に大きなプレッシャーになります。
そこで、この記事では、新事業進出補助金の概要から、「賃上げ要件の具体的な内容」「注意すべきポイント」「未達時のペナルティ」「そして未達を防ぐための実践的な方法」まで詳しく解説します。
特に「返還リスク」をどう回避するか、「計画をどう立てれば達成できるのか」といった視点で解説していきますので、補助金を検討している事業者にとって、必ず押さえておきたい内容です。
Contents
新事業進出補助金とは?

新事業進出補助金は、中小企業が「既存事業とは異なる分野」に進出する取り組みを支援する制度です。趣旨は次のとおりです。
- 新市場開拓や高付加価値事業への進出を後押し
- 企業規模の拡大・付加価値向上を通じた生産性向上
- 最終的には従業員への賃上げにつなげること
補助対象経費は幅広く、建物の新築・増改築、機械装置の導入、ソフトウェア開発・導入、広告宣伝費などが対象です。補助率は1/2で固定されており、従業員数に応じて補助上限額が変動する仕組みになっています。
例えば、従業員20名以内なら1000万円~2,500万円、21~50名規模なら4,000万円といった具体に、徐々に増額していきます。さらに大幅な賃上げを行う場合は「賃上げ特例」が適用され、補助上限額が引き上げられるのも大きな特徴です。

つまり、この補助金は単に「投資を補助する」制度ではなく、新事業を起点として企業体質を強化し、最終的に賃上げへとつなげることを狙いとしています。
そのため、申請にあたっては「新市場性・高付加価値性」と並んで「賃上げ要件」も満たすことが求められるのです。
賃上げ要件とは?
新事業進出補助金の賃上げ要件は、2つに分かれており、補助事業終了後3~5年間の事業計画期間において、次のいずれかを達成することが求められます。(期間は3年・4年・5年から自由に選べます)
(1)一人当たり給与支給総額の基準
事業計画期間中の一人当たり給与支給総額の年平均成長率を、都道府県ごとの最低賃金の直近5年間の年平均成長率以上にすること。

例えば広島県では、令和元年度から令和6年度の5年間で最低賃金が大きく上昇しており、その上昇率は3.2%に上ります。
その上昇率を基準に設定するため、新事業進出補助金に応募する企業には、「最低でもこの水準は超えなければならない」というハードルが課されます。これは都道府県ごとに異なるため、企業は自社の所在地に応じて基準値を確認する必要があります。
(2)給与支給総額の基準
事業計画期間中の給与支給総額の年平均成長率を2.5%以上とすること。
これは企業規模や従業員数にかかわらず一律に設定されています。2.5%という数字は一見小さく感じるかもしれませんが、相応の体制強化が必要です。
上述したように、応募時には「両方の基準を満たす計画」を提出する必要があります。つまり、どちらか一方を選べばよいという話ではなく、計画段階では両方に対応する数値目標を作り込むことが必須です。
例えば、従業員10名の企業が平均年収400万円の場合、年平均2.5%の年成長を実現するには、基準年度の1年後には10万円の給与増を実施する必要があり、そこから複利計算で1年あたり2.5%の賃上げが必要になります。
(例:400万円⇒421万円⇒432万円)
ちなみに、従業員が増えると総額も増えますので、これにより達成することも問題ありません。
この数値を冷静に計算したうえで、現実的な経営計画を立てることが不可欠です。単に「やります」と言うだけでは不十分で、資金繰り・利益計画・採用計画などと一体的に策定しなければなりません。
この他、事業計画期間中は、事業所内の最低賃金を、都道府県別の最低賃金+30円以上の水準にする必要があります。そのため、パート従業員などが多い企業では大きな人件費増となるので注意が必要です。
賃上げ要件の注意点
賃上げ要件には、いくつかの重要な注意点があります。誤解や見落としがあると、計画達成が困難になったり、申請時点で不適格となる可能性があるため注意が必要です。
役員報酬は含まれない
役員の給与を引き上げても賃上げ達成にはカウントされません。対象となるのは従業員への給与のみです。経営者自身の給与を上げることで調整することは認められません。
従業員の人数カウント方法
パートやアルバイトは正社員の労働時間に換算して計算します。例えば週20時間勤務の従業員は0.5人として扱われます。誤って人数をそのまま計上してしまうと、後の調査で不備と判断される可能性があります。
従業員ゼロでは応募不可
応募時点で従業員がいない企業は、基準値の計算対象がないため申請ができません。スタートアップなど新設企業は、まず従業員を雇用してからでないと補助金の対象になりません。
計画は実質的な賃上げである必要
数字上のトリックで達成したように見せても、実地調査で発覚すれば不正とみなされ、補助金返還や今後の申請不可といった重大なペナルティに直結します。
計画未達成時の説明責任
賃上げ要件は「努力目標」ではなく「必達目標」であるため、未達の場合には補助金返還という厳しい処分が待っています。そのため、計画段階で「どのように達成するのか」を明確に示す必要があります。
これらのルールを正しく理解したうえで、無理のない計画を立てることが成功への第一歩です。特に「役員報酬でごまかせない」という点は、多くの企業が勘違いしやすいので注意が必要です。
賃上げ特例の適用
新事業進出補助金では、一定以上の賃上げを行うことで補助上限額の引き上げが認められる特例があります。例えば従業員数20名の企業であれば、通常上限が2,000万円のところを、特例を活用すれば2,500万円まで引き上げられるケースがあります。
さらに、賃上げ特例を設定すること自体が申請時の「加点対象」となり、採択率を高める要因になります。審査側の立場に立てば「国の政策である賃上げに積極的な企業を優先して支援したい」と考えるのは当然です。そのため、大幅な賃上げ計画を掲げることは、採択戦略上も有効なのです。
ただし、ここで大切なのは「背伸びをしすぎない」ことです。採択率を上げたいからといって非現実的な賃上げを計画に盛り込むと、採択後に実現できず、結果として補助金返還リスクが高まります。賃上げ特例の活用はあくまで「現実的に達成可能な範囲」で設定するのが鉄則です。
賃上げ特例はメリットとリスクが表裏一体の制度であるため、専門家と相談しながら数値を慎重に設定することをお勧めします。
賃上げ未達時のペナルティ
賃上げ要件を満たせなかった場合、補助金の一部または全額返還が求められます。返還額は次の計算式で算出されます。
(1)一人当たり給与支給総額基準値未達の場合
補助金返還額 = 補助金交付額 ×(1 − 実績値 ÷ 目標値)
(2)給与支給総額基準値未達の場合
補助金返還額 = 補助金交付額 ×(1 − 実績値 ÷ 目標値)
※ 事業計画期間最終年度の成長率がゼロ、もしくはマイナス成長であった場合は、補助金全額返還となります。
例えば、補助金交付額2,000万円、目標年平均成長率2.5%に対して実績が1.25%であった場合、返還額はおよそ1,000万円となります。つまり、目標値の半分しか達成できなかった場合、受け取った補助金の半分を返す必要があるのです。
このペナルティの厳しさは、多くの企業にとって非常に大きなプレッシャーとなります。計画未達が発覚した場合、返還だけでなく「補助金を活用して失敗した」という対外的な評価リスクも伴います。そのため、申請時から「返還リスクを最小化する戦略」が欠かせません。
賃上げ未達を防ぐ方法
補助金返還リスクを避けるためには、計画的かつ現実的な賃上げ戦略が不可欠です。以下に実践的な方法を示します。
(1)新規雇用で給与総額を底上げ
新事業に合わせて人員を採用すれば、給与支給総額そのものが増加し、賃上げ達成につながります。特に若手やパートの採用でも効果があります。(1人当たりの給与支給総額は達成しにくくなるため、1人当たりで達成を目指す場合は要注意)
また、新規雇用によって新事業の体制強化にもつながるため、一石二鳥の効果があります。
(2)段階的な賃上げ計画
初年度から一気に引き上げるのではなく、毎年少しずつ賃上げを行うことで、負担を分散させながら目標を達成できます。例えば毎年〇万円ずつ昇給を重ねていけば、数年後には着実に2.5%成長を超えることができます。
なお、比較時期は基準年度と計画最終年度のため、いびつではありますが、最終年度に大きく賃上げする方法も戦略としては可能です。
(3)他の補助金を活用
ものづくり補助金や省力化補助金など、時期が完全に被らないようにすれば利用可能な補助金を活用することで、資金に余裕を持たせ、従業員への給与改善に充てられる余力を確保できます。
どうせ数年間の賃上げ要件が課されるのであれば、賃上げ要件のある複数の補助金を組み合わせることで、投資負担を軽減し、安定した賃上げ原資を確保できます。
(4)専門家の活用
補助金申請の経験が豊富なコンサルタントを活用し、無理のない計画策定を行うことが重要です。賃上げ要件は採択後にも影響するため、採択されることだけを優先した「机上の計画」ではなく、達成可能性を見据えた戦略的計画が必要です。
補助金の支援実績が豊富がコンサルタントと組むことで、達成率を大幅に高めることができます。
まとめ
新事業進出補助金は「新事業への挑戦」と「賃上げ」を両立させることを目的とした制度です。賃上げ要件は単なる形式的な条件ではなく、補助金の趣旨そのものであり、達成できなければ返還リスクが伴います。
しかし、賃上げ特例をうまく活用すれば補助上限の引き上げや採択率アップにつながるなど、大きなメリットもあります。重要なのは、無理のない計画を立て、実現可能性を高めること。
新規雇用の導入、段階的な賃上げ、他補助金の活用、専門家支援など、複数の手段を組み合わせてリスクを低減しましょう。
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中小企業診断士。1983年 広島県福山市生まれ。2009年から中小企業団体中央会に入職して中小企業支援の道に入り、ものづくり補助金の事務局も経験。2023年に補助金支援とや経営改善を行う”つなぐサポート合同会社”の代表に就任。補助金採択は100件・10億円・採択率80%を越える。事務局経験を活かした事業計画策定・手続きの一貫サポートが強み。趣味はランニング。

