中小企業経営において「補助金の活用」は事業の成長や投資計画を左右する極めて重要なテーマです。その中でも、労働力不足や人件費高騰といった社会課題を背景に注目を集めているのが「省力化補助金(一般型)」です。

自動化設備やロボット導入など、省人化・効率化を支援するこの制度は、多くの企業にとって成長の起爆剤となり得ます。しかし、ここで経営者が注意しなければならないのが「賃上げ要件」です。
採択後に賃上げ計画を達成できなければ、補助金の一部返還を余儀なくされ、最悪の場合、数百万円から数千万円単位の返還となり、経営に大きな負担を与える可能性もあります。
今回は、「省力化補助金の賃上げ要件の詳細」「未達時の返還ペナルティ」、そして「リスクを回避するための実務的な戦略」までを徹底的に解説します。さらに、制度の背景や国の政策的狙い、実際の企業事例まで幅広く取り上げます。
Contents
省力化補助金(一般型)とは?
制度誕生の背景
日本の労働市場は少子高齢化による人手不足が深刻化しており、製造業や物流業、サービス業を中心に「人が集まらない」「定着しない」という課題が蔓延しています。
こうした状況の中で、国は「人を増やすのではなく、効率化で解決する」という方向性を打ち出し、省人化投資を支援する補助金として誕生したのが「省力化補助金(一般型)」です。
この制度は従来「ものづくり補助金」の一部枠(オーダーメイド枠)として存在していましたが、ニーズの高まりから独立した形で制度化されました。これにより、省力化投資を主目的とする企業も積極的にチャレンジできるようになっています。
対象となる事業と設備
対象となる設備は多岐に渡りますが、代表的なものには次のようなものが挙げられます。下記に限らず、「オーダーメイドの設備導入」「カタログ品をカスタマイズした設備導入」「カタログ品を複数組み合わせて設備導入」であれば対象になり得ます。
•自動化生産ラインの導入
•NC工作機械の導入
•協働ロボットや搬送ロボットの活用
•IoTセンサー・AI画像認識による工程管理
•無人店舗・セルフレジシステム
•自動倉庫・AGV(無人搬送車)による物流効率化
補助率と上限額
企業規模に応じて補助率・上限額が異なります。中小企業は1/2、小規模事業者は2/3となっており、補助金額が1,500万円を超える部分については、補助率が1/3に下がります。

賃上げ要件の概要
省力化補助金の最大の特徴は「賃上げ要件」が明確に組み込まれている点です。単なる投資支援ではなく、国が目指す「賃上げによる経済活性化」を実現するための条件となっています。
1. 給与支給総額の増加
補助事業終了後の3~5年間にわたり、従業員・役員それぞれの給与支給総額を年平均2%以上増加させる必要があります。
総額には役員報酬も含まれるため、従業員給与の上昇があっても役員報酬が据え置きだと未達になる恐れがあります。
2. 1人あたり給与支給総額の増加
単純に「総額」が増えればよいわけではありません。従業員の「1人あたり」の給与支給総額も、都道府県の最低賃金上昇率以上で伸びることが必要です。
最低賃金の上昇率は地域差が大きく、都市部と地方で結果が大きく異なるため、自社の所在地に応じた計画が求められます。
都道府県ごとの伸び率は下表をご確認ください。(2025.9時点)

3. 事業所内最低賃金の引き上げ
事業所内最低賃金を事業計画期間内に、毎年「地域最低賃金+30円」以上にすることが義務付けられています。これはパート・アルバイトなど非正規雇用者にも直結するため、雇用形態の多様化が進む企業ほど影響が大きくなります。
賃上げ要件における重要な視点
賃上げに関しては、特に次の点に注意しましょう。
•従業員ゼロでは申請不可
⇒社員を雇用していない企業は対象外。
•短時間労働者も含まれる
⇒短時間勤務の従業員でも、正社員の終業時間をベースに従業員数にカウント。
※例:週20時間勤務⇒0.5人カウント
•地域格差に注意
⇒最低賃金の伸び率は地域ごとに差がある。
•役員報酬の扱い
⇒役員給与も対象に含まれるため、経営者自身の判断が直接影響する。
賃上げ未達時のペナルティ
要件を満たせなかった場合、補助金返還が発生します。返還額は「未達成率」に基づいて計算され、次のように決まります。
計算方法
1人当たり給与支給総額、給与支給総額のいずれかを達成すれば補助金返還とはなりませんが、いずれかが未達であれば、その未達率に応じて補助金返還が発生します。
例えば、賃上げの年平均成長率4%の計画を策定したものの、事業計画最終年度の年平均成長率は3%であった場合、25%未達となります。(1-3÷4)
補助金額が1,000万円であればこれに未達率の25%を乗じますので、補助金返還額は250万円となります。
なお、年平均成長率の達成は、事業計画期間の終了年度で判定されるため、例えば3年計画の場合、1年目と2年目は関係ありません。あくまでも3年目で達成していることが重要です。

事業場内最低賃金の未達
事業計画期間において、事業場内最低賃金(補助事業を実施する事業場内で最も低い賃金)を、毎年、事業実施都道府県における最低賃金+30円以上の水準とすることが必要です。
これを達成できなかった場合には、「補助金額÷計画年数×未達年数」での補助金返還が発生します。例えば補助金額が900万円で、3年計画のうち1年分が未達であった場合、「900万円÷3年×1年=300万円」の補助金返還となります。
とはいえ、ここは毎年3月時点で事業場内最低賃金が対象となりますので、しっかりと注意しておけば返還となることは避けられます。
賃上げ未達を防ぐための戦略
賃上げ未達による補助金返還を避けるためには、次の対策が有効です。
1. 新規雇用による給与総額の増加
人数を増やすことで自然に給与総額を伸ばせます。計画的な採用活動と補助金活用を連動させると効果的です。
2. 段階的な昇給制度の導入
毎年少しずつ給与を引き上げることで、急激な負担を避けつつ安定して達成できます。
3. 最終年度での大幅調整
荒業ではありますが、最終年度に役員報酬や従業員給与をまとめて上げる戦略。ただし、資金繰りに余裕がある企業でないと難しい点に注意が必要です。
4. 役員報酬の活用
従業員給与だけに依存せず、役員報酬を増やすことで調整が可能です。柔軟に対応できるメリットがあります。
5. 専門コンサルタントの伴走支援
計画段階から伴走し、毎年モニタリングを行うことで、リスクを事前に把握して調整できます。
実際の企業事例(想定ケース)
事例1:製造業(従業員20名)
自動化ライン導入により補助金3,000万円を受給。給与総額の伸びは順調だったが、役員報酬を据え置いたため未達成率20%となり、600万円を返還することに。結果として、役員報酬を計画的に増やす重要性を痛感。
事例2:小売業(従業員10名)
セルフレジ導入により補助金1,200万円を受給。パート・アルバイト比率が高く、最低賃金+30円の維持が負担となったが、段階的に賃金調整を実施し、最終年度で要件をクリア。
事例3:物流業(従業員50名)
自動倉庫システム導入で補助金5,000万円を受給。新規採用と役員報酬の調整を組み合わせた結果、賃上げ要件を無理なく達成し、返還リスクをゼロに抑制。
事例4:飲食業(従業員5名)
省人化機器導入により補助金800万円を受給。人員削減による効率化は進んだが、給与総額の増加が追い付かず未達。結果として補助金の一部返還が発生し、事業計画の見直しを余儀なくされた。飲食業のように人件費率が高い業種では、賃上げ要件を満たすための工夫が不可欠であることが浮き彫りになった。
まとめ
省力化補助金(一般型)は、人手不足に悩む企業にとって強力な制度ですが、賃上げ要件という大きな壁があります。
この壁を乗り越えるためには、制度を正しく理解し、計画的に賃上げを実行することが不可欠。次の点を十分に把握して補助金に臨みましょう。
• 賃上げ要件は「給与総額」「1人あたり給与」「事業所内最低賃金」の3つの軸
• 未達時は返還ペナルティが発生
• 役員報酬も重要な調整要素
• 新規雇用、昇給制度、専門家伴走などでリスク回避可能
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中小企業診断士。1983年 広島県福山市生まれ。2009年から中小企業団体中央会に入職して中小企業支援の道に入り、ものづくり補助金の事務局も経験。2023年に補助金支援とや経営改善を行う”つなぐサポート合同会社”の代表に就任。補助金採択は100件・10億円・採択率80%を越える。事務局経験を活かした事業計画策定・手続きの一貫サポートが強み。趣味はランニング。

